【希望の家日記】タイのスラム街出身の子ども達と初めてあった日

2013年夏、僕はタイ王国にいた。

ビクトリー・モニュメント駅周辺は、むせかえるような暑さと人波だった。
行き交う車やバイク、トゥクトゥクなどの流れは速く、日本ではあまり見られないような強引なドライビング・テクニックが所々で披露されていた。エンジン音とクラクションの洪水、屋台で揚げている揚げ物の匂い、聳え立つ高層ビル、そしてその上に広がるどこまでも青い空。それはまさに僕がテレビやネットでしか見たことのなかった東南アジアの光景だった。
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(↑ビクトリーモニュメント駅周辺。初めて訪れた時は緊張した・・。)

そんな中を制服を着た女子高生や、タンクトップにリュックサックを背負ったバックパッカー風の外国人達が涼しい顔をして通り過ぎていく。その様子が、ああここは日本じゃないんだな・・と、今更ながらしみじみと感じさせた。
初めて見る景色に圧倒されながら、僕は恐る恐るキャリアケースを引いて歩き始める。事前に日本で調べて印刷をしてきた地図を片手に、凸凹の激しい道や高さの不揃いな階段を必死に行くが、途中何度もキャリアケースのタイヤが穴に引っかかって、その度にキャリアケースは暑さでうだるカブトムシのようひっくり返った。
な、なんちゅー悪路・・。時折走ってぶつかりそうになる子どもに注意しながら、僕は凸凹の道を歩き続けた。

目的地は駅周辺のロットゥー(ローカルバス)乗り場前。そこに、僕の知り合いの人が迎えに来てくれる予定だった。にじむ汗を拭いながら、データローミング機能をオフにしたiPhoneを見る。

「ビクトリー・モニュメント駅で電車を降りて、2番出口から出てずーっと進行方向に歩いてきてください。その先にバス乗り場があるので、そこで待っています。」

うーん、2番出口か、合ってるんだろうかこの方向で。一応数字の2と書いてあるところの改札は出たけど、2番出口ってそういう意味であってるよな・・。
不安な気持ちを抱えつつ歩くこと10分。ようやくそれらしき場所が見えてきた。
バンのような車が何台も止まっており、案内役と思しき恰幅の良い男性が大声で何かを叫んでいる。受付のようなところには大きな交通地図が貼ってあり、このバス停からどこに向かうバスが出ているのかを説明するもののようだった。やった、きっとここだ!

邪魔にならない場所に移動し、ほっと一息ついていると、後ろから年配の女性に声をかけられた。

「あの、佳祐君ですか?」

振り向くと、優しい笑顔の女性が立っていた。

「はい。えっと、シスター、ですか?」
「シスター」と呼ばれた女性はにこりと微笑んだ。

「そうです。ああよかったわ会えて。いくら男の人でもタイは日本に比べて物騒だから、何もないといいけどと思っていて・・。無事着きましたね、ようこそタイへ!」

この柔和な女性こそが、僕をタイに呼んでくれた張本人だった。
カトリック系の修道女として生きる彼女は、周りの人からシスターと呼ばれていた。
日本にいるときにメールや電話を何回かやりとりしたことはあったが、直接会うのは初めてで、その笑顔に僕は安心した。よかった、とりあえず優しそうな人だぞ・・。

「和野佳祐です。改めて、よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願いします。では、どうぞこちらへ。子ども達もバスで待っています。」

シスターが指差した方向を見ると、僕のイメージしていたバスとはだいぶ違う車が1台停まっていた。
軽トラの荷台に椅子と格子と屋根を取り付けたようなもの、いわゆるソンテウと呼ばれる車だった。
そして、その荷台の格子から、男の子達が5〜6人こちらを見ていた。

「うちの子ども達よ。今日佳祐君を迎えにいく途中に乗せてきたの。学校帰りなのよ。」

みたところ、男の子達は小学校低学年〜中学生ぐらいかと思われた。
おそらく「あいつは誰だ」と話をしているのだろう。みんなで口々に何かを言いながら、僕らの方を興味深そうな目で見ていた。

「なるほど、ではあの子たちが・・。」

僕も子ども達を眺める。

「そうね、あの子達がスラム街出身の子ども達よ。」

一人の丸々と太った男の子と目が合うと、彼はニコリと柔和な笑顔を浮かべた。
それが、僕と彼らの初めての出会いだった。

和野 佳祐

投稿者: 和野 佳祐

東南アジア孤児支援NGO「Sun And Dear」代表理事